大衆は理由なしには考えない

 一言でいえば、公衆が局外者でなくなることを、ブレヒトはのぞむのだ。そのために劇には、二重の配慮がなされる。まず内容だが、それは公衆が自己の経験にてらして重要個所を検証できるような、内容でなければならぬ。つぎは演じかただが、そこに技巧がめだってはならない(この演じかたは「素朴」とはまっこうから対立するものであり、じじつ、演出家の芸術的知性と明敏な感覚とを前提とする)。叙事的演劇は局外者でないひとびとに向けられる。このひとびとは「理由なしには考えない」 つまりブレヒトは、大衆にピントをあわせているのだ。大衆による思考の使用は限界をもっているが、それというのも、大衆は理由なしには考えないからだろう。公衆の関心をよびさまし、公衆を劇の専門家にしようとする——しかも、だんじてありきたりの教養ルートをつうじない——ブレヒトの努力には、政治的な意志がつらぬかれている。
(ヴァルター・ベンヤミン著作集9 ブレヒト p9 晶文社)

 上記は叙事的演劇についてベンヤミンが書いたものですが、内容は、あらゆることに生かすことができるような気がします。(管理人)