6月7日(日)足利事件について(2)毎日新聞の検証記事

19年目の真実:検証「足利事件」/上 もろかった「動かぬ証拠」

 「DNA型が一致した」。91年11月初旬の夜、栃木県警捜査1課長は帰宅直後、警察庁から電話を受けた。足利市で4歳女児が殺害された遺体で見つかってから1年半がたち、捜査は行き詰まりをみせていた。「本当かい」。課長は、思わず聞き返した。

 その年の8月、県警は警察庁科学警察研究所(科警研)にDNA鑑定を依頼した。女児の半袖下着の体液と菅家利和さんが捨てたごみのDNA型が一致するか調べるためだった。

 課長は翌日、東北新幹線に飛び乗り東京にあった科警研で「一致する確率は数千人に1人」と説明を受ける。捜査を一気に進展させる突破口になると確信し、菅家さんの任意同行を心に決めた。安堵(あんど)感と最新の科学技術への驚きが交錯していた。

    ◇

 90年5月の遺体発見から、県警は捜査員200人体制で臨んだ。捜査線上に浮かんだ不審者は約3000人。しかし決め手はなく、容疑者を絞り込めなかった。市民から「刑事は寝るな」という手紙が届き、過労からか2人が「殉職」した。

 約半年後、巡回中の巡査部長が、週末だけ借家で暮らす菅家さんに不審を抱いた。幼稚園バスの運転手。遺留物と血液型が同じで土地勘もある。「やってねーべね?」との問いに、答えはなかった。以降、県警は菅家さんをマークし1年間尾行したが、不審な行動はなかった。

 DNA鑑定の結果判明から1カ月後の91年12月1日朝。県警は菅家さんに任意同行を求めた。当初「やんね、やんね(やってない、やってない)」と否認。だが午後10時ごろ様子が一変する。複数の県警幹部によると、捜査本部のある足利署の取調室で、現場の捜査員をまとめる警視のひざに顔をうずめ泣き崩れた。

 「本当にやったのか」

 「ごめんなさい」

 やりとりを繰り返す間、警視のズボンが涙でぬれるほどだったという。

 警視は当時の状況を「あれだけ涙を流し謝った。うそかどうかは分かる」と振り返る。しかし、菅家さんは09年5月に支援者へ出した手紙で「自白」を否定した。「刑事の取り調べが厳しく、怖くて『やった』と言ってしまった」

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 当時の県警幹部が「万人不同の指紋に近いという認識。『一致』の連絡は捜査員を勢いづけた」と語り、最高裁も証拠能力を認めたDNA鑑定。しかし当時は精度が低く、別人で一致する可能性は「1000人に1・2人」だった。現在は「4兆7000億人に1人」。格段に進歩した技術で行われた再鑑定の結果を受け入れ、東京高検は4日、菅家さんを釈放した。

 別の元県警幹部は「DNAだけに頼ったのではない。任意の自供を得たから逮捕した」と強調する。ある捜査員は困惑しながら漏らした。「自白を書き留めた、あの分厚い調書は、一体何だったんだ」

 当時のDNA鑑定と自白に寄りかかった捜査。その「過ち」が問われている。

    ◆

 菅家さん逮捕の決め手となったDNA鑑定が否定され、事件から19年を経て新たな鑑定が無実の証拠になろうとしている。事件の「真実」を追った。

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毎日新聞 2009年6月5日 東京朝刊

19年目の真実:検証「足利事件」/中 険しかった再鑑定の道

 「やっていません」。起訴から1年がたった92年12月、菅家(すがや)利和さん(62)は宇都宮地裁での第6回公判で、それまでの「自白」を、突然翻した。騒然となる法廷を、弁護人だった梅沢錦治弁護士(78)は複雑な思いで見つめていた。

 91年12月の逮捕直後、菅家さんの家族に依頼され、弁護を引き受けた。菅家さんと信頼関係を築こうと世間話を繰り返し、3度目の面会で切り出した。「やったのかい」。菅家さんは「うん」とうなずいた。

 殺害された女児の下着についた体液と菅家さんのDNA型が一致した鑑定には疑問を持っていたが、起訴内容を認める前提で弁護活動を始めた。

 無罪主張に転じた3日後、菅家さんは「女児の両親が極刑を訴えているのを聞き、怖くなって『やってない』と話した」と関与をほのめかす上申書を地裁に出す。判決直前の93年5月には梅沢弁護士に手紙を送り、再び「やっていない」と訴えた。

 二転三転する供述。梅沢弁護士は今でも、理由が分からず思い悩む。「確かに人の意見に左右されやすい部分があった。『やってないんだろ』と聞けば、『やってない』と答えたかもしれない」

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 現在の弁護団は、控訴審で組まれた。菅家さんの支援者が、DNA鑑定に詳しく再審事件の弁護経験もあった佐藤博史弁護士(60)に直談判し要請した。

 弁護団は現地を歩き、調査を重ねた。自白の矛盾点が次々と浮かんだ。移動経路の見晴らしはいいのに目撃者がいない、自白のように暗闇で犯行を終え移動するのは不可能、自白を裏付ける物証はない……。無実の確信を深めた弁護団は、DNA鑑定が自白を支える唯一の証拠として、その正確性と信用性を徹底的に争った。だが、東京高裁は96年、自白と鑑定双方の信用性を認めた。

 97年、弁護団は日本大医学部の押田茂実教授に独自の再鑑定を依頼。菅家さんの毛髪を基にした結果は「遺留物と一致しない」だった。上告審で正式な再鑑定を請求したが、最高裁は通常、新たな証拠調べをしない。再審請求でも宇都宮地裁は再鑑定を行わなかった。結局、裁判所が再鑑定に踏み切るのは高裁段階の08年12月だった。

 「裁判所は矛盾を見抜くべきだった。ただ、我々がもっと早く再鑑定できることに気付いていれば、控訴審で無実が明らかになっていたはず」。佐藤弁護士は悔いる。

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 公判で揺れ動いた供述の信用性を裁判所は十分に吟味したのか。

 審理にあたった元裁判官は言う。「彼は、自分が関与していない状況を説明できなかった。現場にいたような供述をしたうえ、証拠物を見せられると、受け入れるような供述をした」。DNA鑑定については「あくまで自白の補強証拠。総合的に、ああいう判断になった」と語る。別の元裁判官は「当時の証拠を十分慎重に検討して結論を出した。やむをえない判断」と話した。

 菅家さんの「失われた17年半」。なぜ有罪への流れをせき止められなかったのか。1審を担った梅沢弁護士も、審理に携わった裁判官たちも、明確な答えを出せていない。

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毎日新聞 2009年6月6日 東京朝刊

19年目の真実:検証「足利事件」/下 「密室の自白」迫る変革

 「髪を引っ張ったり、け飛ばしたり。取り調べは厳しかった」「無理やり責められ、『白状しろ』『分かってるんだぞ』と体を揺さぶられた。どうにもならなくて、私がやりましたと言った」

 90年に4歳女児が殺害された足利事件で再審開始が決定的になり、4日、91年12月の逮捕以来17年半ぶりに釈放された菅家(すがや)利和さん(62)。直後に千葉市内のホテルで開かれた記者会見で、無実なのになぜ自白したのかと問われ、晴れやかだった表情は一転、こわばった。別の会見では「自分で適当に(事件を)推理して話した」とも語った。

 警察庁幹部は「捜査員が無理な調べをやったという情報はない」と話す。無期懲役にした1、2審とも自白の任意性を認め「供述は具体的で体験した者としての真実味がある」と指摘していた。

 「自白」は、なぜ生まれたのか。弁護団の佐藤博史弁護士(60)は分析する。「捜査官は、描いたストーリーに沿った供述を繰り返し迫る。そして得られた間違いの自白が、いずれ『正解』になってしまう」

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 同じ栃木県足利市では79年と84年に5歳女児の誘拐殺害事件が相次いで起きていた。菅家さんは逮捕後、未解決だったこの2件への関与も「自白」する。

 ともに足利事件と共通する点があった。足利事件の遺体発見現場の河川敷の対岸で、79年の事件の遺体は見つかった。パチンコ店周辺で女児が行方不明になったのは、84年の事件も同じ。

 宇都宮地検が足利事件で起訴した3日後の91年12月24日、栃木県警は自白に基づき79年の事件で菅家さんを再逮捕する。だが、翌年1月、地検は処分保留を発表し、事実上起訴を断念。「自白は公判廷で覆されると考えるべきだ。犯人しか知り得ない『秘密の暴露』がなければ、公判維持は困難」という理由だった。93年2月、追送検された84年の事件と併せて、地検は不起訴処分とした。その後、公訴時効を迎えた。

 「自白というボルトは、秘密の暴露や物証というナットできっちり締めないと抜けてしまう。この2事件はナットがなかった」。当時の検察幹部は振り返る。しかし、足利事件で菅家さんは起訴された。「DNA鑑定を『ナット』として過信した。自白も十分吟味した上での判断だったが、吟味が足りないと指摘されれば返す言葉はない。大変申し訳ない気持ちだ」

 結局、三つの「自白」が、宙に浮いた。

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 菅家さんは会見で「冤罪(えんざい)をなくすため、密室ではなく(ビデオ録画で)室内を監視してほしい」と訴えた。釈放は、取り調べの全面録画(可視化)を巡る論議に、大きな波紋を広げる。

 森英介法相は5日の閣議後会見で、「いろんな意見は真摯(しんし)に受け止める。が、全面録画は容疑者に供述をためらわせ、取り調べの機能を損ない、真相解明に支障を来す」と消極姿勢を繰り返した。

 しかし、衆院法務委員会に所属する民主党議員は「何もないのに自白したのなら、取調室で何があったんだということになる」と話す。裁判員制度スタートも踏まえ、参院で可決した全面録画義務づけの「可視化法案」の衆院審議入りを狙う。

 19年目に明るみに出た「真実」。それが、日本の刑事司法に変革を迫ろうとしている。

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 この連載は安高晋、鈴木一生、渡辺暢、吉村周平が担当しました。

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毎日新聞 2009年6月7日 東京朝刊